愛媛の看護師の復職・転職・就職をサポートします!
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先輩の声
Voice

看護の現場に復職するまでにどんなことに悩んだか、実際復帰してみてどうだったかなど、
復職した看護師の方々にインタビューにご協力いただきました。

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いま任されていることを、大切にしたい

病棟外来勤務 看護師

静岡県出身。夫、長男(高3)、次男(中2)、長女(小1)の5人家族。現在は貞本病院(医療法人和昌会)でフルタイムで勤務歴4年目。静岡の看護専門学校在学中に、ご主人(松山市出身)と出会い、のちに結婚。その後、ご主人の地元である愛媛・松山で生活を始めることになりました。子どもさん3人の成長と仕事の兼ね合いについて、インタビューしました。

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静岡から愛媛へ。想定外の生活に

私は静岡生まれで、静岡の看護専門学校を卒業して看護師となりました。学生時代に松山市出身の夫と出会い、就職したのち、結婚しました。長男の出産では育児休業を取得・復帰し、静岡を安住の地として生活すると思っていましたが、長男が2歳になる頃、夫の実家からの「戻ってきてほしい」という願いに応える形で、愛媛松山に戻ることになりました。それを機に仕事を辞め、松山に移り住んでから3年間は、専業主婦生活を送りました。

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子どもの成長に合わせた働き方を選んだ

松山に戻り、次男を妊娠・出産。次男が1歳になる頃に総合病院で半日のパートタイムで再就職、その2年後には7時間パートと時間を増やし、約6年間勤務しました。

6年目の時に3人目を妊娠。併せて次男が病気がちで入院が増えたため、しばらくは子どもたちの傍で過ごそうと決め、妊娠を機に退職しました。

しかし、生活は厳しく、何とかやりくりの日々。働いて収入を得たいけれど、子どもの病気のこともあり一歩踏み出せないでいました。事情を知る知人から、保育施設とデイサービスを併設している介護施設での勤務を勧められ、2歳になる長女を預けながら無理のないスタイルで1年半ほど働きました。

その後、長女が幼稚園に入園するタイミングで、現在の貞本病院に就職しました。無理なく働かせてもらいながらも、脳神経外科で勉強したかったことを思い出したり、義母からの子どもの面倒を見るよ、という声があったことも後押しになり、医療現場での仕事を探すようになりました。上の子どもたちも成長していたので、ある程度収入のある正社員で働きたい。でも夜勤や残業はできない。そんな自分都合を持ってハローワーク等で仕事探しをしたところ、「いいですよ」と受け止めてくれたのが、貞本病院でした。

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娘が「将来、看護師になりたい」と言った

現在の職場は、部署の垣根がなく、職員みんなが「顔見知り」で助け合う風土があります。疲れていると「大丈夫?」という声掛けがあり、子どもの行事で休みを取る時にも「行ってあげて」ということが当たり前の雰囲気。そのような環境に助けられて仕事ができています。

だからこそ、小さな子どもを抱えて働いている他のスタッフの応援もしてあげたいという気持ちが自然に湧きます。

 

この先どうしていくか、ということを考える仕事の年数になりましたが、正直まだ考えが及んでいません。早くに結婚・出産・育児というライフイベントを迎えた為、看護師としての経験を、いま改めて勉強させてもらっている状況です。まずは、任されている役割(外来でのリーダー業務や看護研究など)を大切にすること。外来で出会う人は、その日その日で違います。だからこそ耳を傾け、向き合うことを大切にしています。

外来仕事は急患もあり、家では家事と子育て、とまだまだ毎日忙しいですが、娘が「看護師になりたい」と言ったときには、自分を認められた気持ちになり嬉しく感じました。周囲の環境に心から感謝しています。